雲中午睡庵

小さな庭いじりや子連れ山登りなど写真を添えて

笠ヶ岳のブロッケンと「日本百名山」

山登りをする人ならば、好き嫌いはともかく、ほぼ全員、百名山の存在は知っていると思う。その一方で、百名山を選んだ深田久弥氏の「日本百名山」を実際読んだことのある人は少ないのでは?という話もよく聞く。

僕は「日本百名山」は結構好きで、1つ1つの山を簡潔に紹介した登山ガイドのようでもあるし、山に興味のない人からすれば「山が並んでいるね」くらいにしか見えないかもしれないような山を百とり上げてそれぞれの魅力を1つ1つ違った形で書き出そうとするのは挑戦的だと思うし、山の歴史や人々との関りを紹介してくれている点も興味深い。
それで、百名山を登る前後には、その山の項目を拾い読んだりしている。

今年の夏は、浅間山笠ヶ岳2つの百名山に登った。

帰ってきてから、その2つの山の項目を読んだのだけど、笠ヶ岳の所に、自分の経験と重なって面白く感じた個所があった。

笠ヶ岳に道をつけたのは、江戸時代後期のお坊さん、播隆上人なのだそうだけれど、播隆上人が山麓の人たちを連れて登頂した時、

御来迎が雲の中に浮び、阿弥陀仏が三度出現したので、一同歓喜の涙をこぼして参拝した。

のだそうだ。そして、翌年、播隆上人が登頂して阿弥陀仏を山頂に納めた時も、「御来迎の出現が数度に及んだ」。

「御来迎」はもちろん今でいうブロッケン現象。写真もなく、情報も今ほど流通していなかった時代、虹色の円光のような神秘的な現象が現れたら、それは神仏の関わるものかと見え、信仰を強くする証になるのだろう。山が信仰の対象になる一因もそこにあるのかもしれない。

そして、話は深田久弥氏が登頂した時のことに移る。

私が頂上に立った時には、残念ながら霧に包まれ、展望を得られなかった代償に、播隆上人と同じく御来迎にめぐりあった。鎌田谷に面した雲の中に円光が現れて、その輪の中に阿弥陀仏ならぬ自分の影を見出した。

以前、書いたように、僕が登った際もブロッケン現象が長い時間見えた。

 

hirune-kumo.hatenablog.com

見えた方向も深田久弥氏と同じ鎌田谷側。

もしかしたら、笠ヶ岳にはブロッケン現象が見えやすい地形的な条件が備わっているのかもしれない。
東には笠ヶ岳よりも高い槍穂高連峰、その間には鎌田谷。夕方、笠ヶ岳の雲が切れても、鎌田谷にはまだ雲がたまっていたら、丁度僕が登った時のように、ブロッケン現象の見られる気象条件になりそうだ。

薄雲をまとった穂高岳、足元は鎌田谷

同じ場所で、深田久弥氏とならば数十年、播隆上人とならば200年の時を超えて、同じような経験をしている。
そんな感覚は言葉や文字がなければ持つことはできない。