7.五色ヶ原の夜明け
朝3時半に起きる。昨夜同室だった2人のうち1人はもうすでに出発、もう1人は僕が起きた頃に出発した。2人とも僕が2日かけて歩いた距離またはそれよりも遠くまで、1日で行くそうだ。
小屋の外に出ると東の空にオリオンや冬の星座が登っている。
夏山の明け方に見る冬の星座は、楽しかった夏もやがて終わることを暗示しているようで、いつも少し寂しい。
地平線はもううっすらと明るくなり始めているけれど、星はまだ見える。
西の空には夏の天の川が沈んでいく。
山小屋で朝食を取った後、カメラ片手に小屋を出た。
草原を黄金色に染めて夜が明ける。
草原の奥に見える岩山をこの後、越えて行く。
最初に登る獅子岳は右に。次に左に見える鬼岳の横を通り、奥に見える真ん中の龍王岳を最後に登って室堂に下りる。
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夢中で写真を撮って小屋に帰り、荷物を整えて6時ころ出発しようとすると、下駄箱に残っているのは、もう僕の登山靴だけだった。
こんな素晴らしい朝に、急いで出発するなんて、みんなもったいないなと思う。
そう言えば一昨日、スゴ乗越で会った人は、僕ならば4日くらいかかりそうな行程を1日で歩くと話し「こんな計画を立てるなんて自分はマゾヒストだと思う」と言っていた。
それならば、僕は根っからの快楽主義者なのだろう。先を急ぐよりもこうして、のんびりその場所を楽しむ時間が好きだ。
もちろん、いい悪いということでは無くて志向の違いだから、そういう山行をする人も山仲間として嫌いではない。
8.獅子を越え、鬼を横目に、龍王を越える
五色ヶ原を出発するとまずザラ峠まで一気に下る。安土桃山時代の武将、佐々成政が厳冬期に越えたという伝承で有名な峠だ。
伝承は残るけれども、黒部川の谷は深いし、さらに針の木岳の稜線を登り返すのは大変そうで、この道を通るという選択はあまり合理的でないように見える。
ザラ峠の先に連なる山々は名前が面白い。
最初が獅子岳、次に鬼岳の横を通り過ぎ、最後に龍王岳と続く。何だか魔物を退治する物語のようだ。
ザラ峠から獅子岳は梯子もある急登で1時間半ほどかかった。
今回の縦走は最終日でも登りが多い。それもそのはずで登山口の折立は1350mほどなのに対して、下山(という言い方が適切かどうかはさておき)先の室堂は標高2420mで、トータルして考えると下りるよりも登る方が標高差で1000m以上多い。
僕は登りよりも、下りで膝が痛くなって苦労することが多いので、個人的には歩きやすいコースとも言える。
獅子岳頂上に着く頃には、高い山々はもう雲がかかって見えなくなってしまっていた。
獅子岳から鬼岳との鞍部に下り、鬼岳は東面を巻く。草原に白い大きな岩が点在している。
山の斜面を成している大きな岩はやや緑がかっていて、緑の斜面に散らばる岩の方が白い。近づいてみると、斜面の大きな岩は苔が付いていて、それで緑がかって見えていたようだ。
昔、英語の授業でローリングストーンズのバンド名の由来にもなった、転がる石に苔はつかない、という諺を習ったけれど、正にその通り。
ただ、諺では転がり続けることが偉い、というように習った気がするけれど、山で見ると斜面にじっと動かずにいる岩の方が偉いように思う。
(と思ってググってみたところ、アメリカではしがらみに捕らわれず転がり続けるのが偉い、みたいな意味で使う一方、イギリスでは仕事などをコロコロ変えていたら何も身に着かないみたいな意味で使われているらしい。)
鬼岳東面から龍王岳への登りも急坂だ。
登っている途中で、カランコロンと音を立てながら石が上から転がり落ちてきていた。
草原に散らばる大岩も、元はこうして落ちて行ったのだろう。
龍王岳は縦走路から少し外れるけれど、10分ほどで登れる。山頂は岩だらけで狭い。
雲がかかっていて山頂は見えなかったけれど、晴れていれば立山の眺めが良さそうだ。
龍王岳から浄土山を経由して室堂へ向かう。
浄土山はどこが山頂なのか分からないくらいなだらかだった。
ここまで来たら後は楽だろうと思っていたのだけれど、浄土山からの下りが大きくガレた道で、歩きづらかった。
展望台との分岐まで下りると後はなだらかな道だ。
室堂から、バスと富山地方鉄道を乗り継いで富山に下りる。
富山の1つ手前の稲荷町で下りて、いなり鉱泉というところで立ち寄り湯をしていると、脱衣場に置いたザックを見た男性から「どこへ行ったの?」と話しかけられた。
富山に住んでいるその人も、今日、薬師岳から下りてきたのだそうだ。
富山には良い山が身近にある。
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