3.火山を行く
緑の火口原を通り過ぎ、いよいよ浅間山の本体への登りにとりかかる。
この先は山頂に近づくにつれ、どんどん急になっていく、火山礫に覆われた登りだ。
少し歩いては立ち止まり、息を整え、山を見上げてきれいだなと思い、写真を撮る。
そんなことを繰り返して、段々と高度を上げていく。
振り返ると、さっきまで歩いていた外輪山との間の火口原が、いつの間にか下の方に広がっている。
1時間ほどの登りで山頂部に到達する。火口から500mこの先には入れない。向きを変えて内側の外輪山の最高点、前掛山を目指す。
こうして見ると、西から登る浅間山には2つの外輪山があるようだ。
歩いてきた緑の火口原を挟んだ外側の外輪山と、これから歩く山頂に近い内側の外輪山。
前掛山も含め、浅間山の本体というような書き方をしてしまったけれど、ここから見ると本体はさらにもう1つある。マトリョーシカみたいだ。
火口から500mのここには噴火の際に逃げ込めるシェルターが2つ並んでいる。
かまぼこ型の単純な構造の火山シェルターのある景色は、岩だらけの景色と相まって、どこかSFめいた雰囲気がする。
シェルターはかまぼこ型の覆いがあるだけで、床とかは何もない。逃げ込むためだけのものだ。
ここから火口壁の崖の上にある頂上を目指し、さらに登っていく。
なんとなく雲が近づいてきたように見える。
岩だらけの斜面と空だけが見える景色は、僕の中では何となくチベットの景色のイメージだ。行ったことはないけれど。
この辺りから見る火口壁は荒々しい。いつ噴火してもおかしくないような力を内に秘めているようだ。
円周状の火口壁の中心方向には、浅間山の最高点のある本当の本体が鎮座している。
その中央に登山を規制する起点となる火口がある。
この頃になると、空にはだいぶ雲が増えてきた。火口のある山頂の周りも雲に覆われつつあるように見えるけれど、もしかしたらその一部は元は噴煙なのかもしれない。
前掛山山頂には12時10分ころ到着。
頂上からは佐久盆地の眺めが良い。
けれどもその向こうに見えるであろう、八ヶ岳などの山々の山頂には軒並み雲がかかっていて見ることができない。
反対側の上信越の山並みや北アルプス方面も同じだ。
こうして見渡してみると山頂がきれいに晴れているのは、僕の今いる前掛山だけ。もちろん狙ってこんなことをできるはずもないので、今日、前掛山を選んだことは、ものすごく運の良いことだったのかもしれない。
山頂にしばらくいると、トンボなどの虫が集まってきた。
こういう虫たちは、山の中腹ではなく、山頂に集まっていることが多いような気がする。風の流れが虫たちを山頂まで連れてくるのだろうか。
4.下山
下山は登りと同じ道を引き返す。雲は段々とこの前掛山にも迫ってきて、日差しも陰り始めた。
登りでは余裕がなくて見られなかった足元の草木にも、下山時には目が行くようになる。
火山礫に覆われた浅間山の本体も、一見すると岩と石だらけだけど、案外、植物が生えている。
頂上付近はオンタデ。少し下りると、コケモモだろうかツガザクラだろうか小さな実のなった植物が地面に這っている。もう少し下りると、厳しい気候で大きくなれないのか、矮小化したカラマツらしい木も生えている。
火口原の底まで下りると、大きく育ったカラマツや、トウヒのような木の森になる。
ここに並べた植物の名前は、素人が何となく写真を見てこれかな?と思った植物の名前なので、あまり信用しないで欲しいのだけれど、そんなような植物の垂直分布も、分かりやすいくらいよく分かり、なんだか理科の勉強みたいだ。
同じ頃山頂にいた人たちは皆ずいぶん先へ行ってしまったようだ。火口原の森の中では小鳥たちの鳴き声ばかりよく聞こえる。
マルバダケブキが群生していたところまで戻ってくる。
人が少ないせいか、行きはあまり飛んでいなかった蝶が近くまで飛んできた。
登山道のすぐ脇に咲くマルバダケブキにアサギマダラぽい蝶が停まっていた。写真を1枚撮り、もう少し寄ってみようと思った時、蝶は音もなく漂うように花を離れて飛び立っていった。
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最近は年のせいか、山を下りる時、いつも膝が痛くなってしまう。
今回の山登り、初めてトレッキングポールという、スキーのストックのようなものを使った。早い話が両手に1本ずつ持つ杖だ。
実はこの夏、小学生の娘と、白馬大雪渓へ行こうと話をしていて、小屋の予約までしていたのだけれど、その直前、娘が家の階段でつまずいて足の指を骨折してしまった。
大雪渓を登るなら、バランスをとる杖があった方が安心かなと思って買ったポールなのだけれど、目的の場所では使えず、こうして浅間山で初めて使っている。
ポールがあると、バランスの悪い足の置き方をした時にも、足に負担をかけずにリカバリーすることができるように感じたから、効果はあったように思うのだけれど、やはり下りも最後の方になると、ひざが痛く、ペースはだいぶ落ちてしまった。
そんな感じで登山口まであと少し、という所を歩いていた時、突然、藪をバサバサとかき分け、巨大な生き物がドスドスと茂みの奥の方へ逃げていくのを見かけた。真っ黒くて丸い背中は、僕にはクマにしか見えない。
その後、歩くペースが上がったことは言うまでもない。
最後は火事場の馬鹿力を実感して、登山口に帰ってきた。
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